日本酒から日本の歴史・伝統・文化を取り戻し、日本を元気に! 【第二回】

長期低迷する日本酒の国内消費と2つの要因

第一回では「世界に羽ばたく日本酒!」と題して、日本酒の海外での人気が高まっているという明るい話をしました。今回は日本酒の国内消費が低迷し続けているという厳しい現実に目を向けていきます。そのうえで、日本酒低迷の2つの要因として「日本酒業界の課題」と「根本的な問題」について触れていきます。 

長期低迷する日本酒の国内消費

まずはこのグラフを見てみましょう。

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(出典)国税庁 酒のしおり(令和6年6月)より作成

日本酒の国内出荷量は、1973年のピークから約50年の間に77%も減少しました。見事な右肩下がりになってしまっています。産業という意味ではかなり苦しい業界だ言えます。

ここで、「アルコールの消費量が全体として減少しているだけでは?」という疑問を持った方のために、全体の中の日本酒という視点でこちらのグラフも見てみましょう。

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(出典)国税庁 酒のしおり(令和6年6月)より作成

確かに1990年代をピークに酒類全体は減少傾向ですが、日本酒の減少スピードよりはずいぶん緩やかです。日本酒の割合をみると、1970年に30%以上あったものが足元では5%程度まで減少しています。悲しいですが日本酒の一人負けです。

さらに遡ると、昔は「酒」といえば必然的に日本酒のことでした。日本酒の割合は昔はほぼ100%だったのです。

明治時代には酒造業は最大の産業で、実際に1899年には国税のうち酒税が35%を占めていました。今の自動車産業をはるかに超える貢献ですね。「日清戦争・日露戦争は酒のおかげで勝てた!」なんていう話も聞きますが、あながち大げさではなさそうです。そんな時代から考えると、今の日本酒業界の状況はちょっと寂しい状況です。 

では酒蔵の数はどうでしょうか。

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(出典)国税庁 酒のしおり(令和6年6月)より作成

酒蔵の数はさきの大戦で激減し3,000近くまで減ったあと増え始め、戦後のピークは1956年の4,073でした。現在はそこから6割以上減少して1,500近くになっています。この数字は免許の数ですので、実際にお酒を造っている数はもうちょっと少ないようです。同じ国税庁の統計では「うち清酒を製造した場数」は2022年に1,141となっています。このまま減少していけば、日本酒を作る蔵の数が1000を切る日が来てしまうかもしれません。 

ちなみにもっと遡ると、元禄11年(1698年)には全国の酒屋数が27,226軒という記録も残っています。また、明治16年(1883年)の清酒製造場が16,546場という統計もあります。もちろん酒造りの近代化や効率化などの影響もありますが、単純な酒蔵の数でいえば明治の時代から比べると1割以下になってしまいました。 

日本酒低迷の要因その1:日本酒業界の課題

ここまで寂しい話ばかりしてきましたが、なぜこれほど日本酒が低迷しているのでしょうか。

この点について、日本酒業界では様々な議論がされています。私もこの業界の端くれとしてこういう話をよく聞くようになりました。以下に代表的な議論を書いてみましょう。例えば、私も取得した国際唎酒師資格のテキストでは、2つの理由が挙げられています。 

1.      競合酒類の台頭
1950年代から家庭用冷蔵庫が普及し、冷やしておいしい瓶ビールが家庭に浸透していきました。1970年の課税数量の内訳(左の円グラフ)をみると一目瞭然で、ビールがほぼ6割に達しています。それでもまだ日本酒は3割のシェアがあり、この時期はビールか日本酒の2択でした。

その後様々な種類の酒が飲まれるようになり、2022年のグラフを見ると50年前からは様変わりしてきれいに(?)分散しています。この間、ビールに似た発泡酒というジャンルや、業界でRTDと言われるチューハイやサワーのような新しいジャンルが広がったことが大きな要因でしょう。

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(出典)国税庁 酒のしおり(令和6年6月)より作成


2.      日本酒に対する悪いイメージ
戦後の米不足を解消するために三増酒と言われる質の悪い酒(三倍増醸酒の略で、色々加えてかさ増しした酒)が広まり、この悪いイメージが残ってしまったことなどがよく言われます。また、桶買いと言われる当時の業界の慣行(他社の商品をブレンドして自社商品として売る)が「消費者をだましている」ということでメディアに叩かれたみたいなこともあったようです。
確かに、今から30年前の私が学生の頃、日本酒といえば

  • 安かろう悪かろう
  • 悪い酔いして二日酔いする
  • 一升瓶を抱えたアル中おやじ

みたいなイメージがありました。私の偏見もあるかもしれませんが、多かれ少なかれ同じような感想を持っていた方も多いのではないかと思います。 


そのほかにも、業界では次のような要因も言われています。

3.      食生活の変化
これは言うまでもないかもしれませんね。戦後に日本人の食生活は欧風化が進み、それに伴って飲むお酒も欧風化が進んだと言われています。分かりやすい原因の一つです。

4.      少子高齢化
人間、歳を取れば酒量も減っていきます。高齢化が進むことで、今まで飲んでいた世代の方の飲む量が減るもの当たり前ですね。このことが日本酒の低迷に拍車をかけているのは確かでしょう。 

5.      若者の日本酒離れ
高齢者の飲む量が減ってもその分若者が飲んでくれればいいのですが、若者の日本酒離れが言われています。ここで、楯の川酒造さんが行ったアンケート調査が興味深いので見てみましょう。

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(出典)「全国の男女に聞く「日本酒」の飲用実態調査・楯の川酒造調べ」より抜粋

これによると、20~30代の7割の方が日本酒を飲んだことがないor過去1年に日本酒を飲んだことがない、という結果でした。若者の日本酒離れがデータで確認できてしまいました。 


ここまで色々な原因を見てきましたが、もちろん日本酒業界は手をこまねいているわけではなく、様々な人たちが様々な立場から様々な取り組みをしています。例えば吟醸酒に代表されるような高品質な日本酒が増えていて、代表的な例としては、新政や十四代のような東北のお酒のプレミアム化や、獺祭の海外でのハイブランド化などが挙げられます。また酒蔵以外の取組みでも、日本酒フェスが頻繁に行われるようになったり、日本酒のサブスクサービスなども増えてきています。

このような取り組みによって、「日本酒好き」が増えて平均の単価が上がることで金額ベースでは国内の日本酒需要も持ち直してきています。このような業界の人たちの努力には心から敬意を表したいと思います。

日本酒低迷の要因その2:根本的な問題

さて、日本酒の低迷の原因についていろいろ見てきましたがどう感じましたか?一つ一つの議論はどれも説得力がありますね。

ですが、もう少し長い視点で見たときに、本当にこのような要因だけで100年の間にシェア100%から5%まで低下するという大きなトレンドが説明できるでしょうか?私は違うと思います。

こういう問題を考えるときに役に立つのが氷山モデルです。ものごとの全体像や根本的・本質的な問題を考えるときに役立つ考え方です。いろいろなバリエーションがあるようですが、下の図のようにシンプルに考えてみましょう。

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この絵の言わんとするところは、
目に見えている現象というのは問題の1割程度で、表面的・短期的な傾向があり、現象・コトレベルの話で数値化や言語化がしやすくて議論しやすい。
一方で、根本的・本質的で、長期的な視点で本当に大事なのは目に見えてない9割の部分で、でもこの部分は人の心の中のレベルの話で数値化や言語化がしにくくて議論しにくい。

もっと端的に言えば、根本的・本質的な問題で長期的なトレンドを作り出すのは、だいたい目に見えない9割の部分なんです。そしてその部分は実は大事なのにも関わらず、なかなか議論の俎上に上りません。

そう考えると、先ほど挙げた日本酒低迷の5つの要因はどちらかといえば目に見えている1割の方の問題だと分かります。業界の新参者・端くれの私ごときでも、数値化や言語化が容易にできたのがその証です(笑)

さあ、ここからが今回の本題です。
日本酒の低迷の長期的なトレンドを作っている根本的・本質的な問題は何でしょうか。

まずそのヒントとして、2つのグラフを見てみましょう。

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(出典)フランス:国税庁「令和2年度海外主要国における日本産酒類の市場調査の委託事業(区分 II・フランス)」より作成  ドイツ:statistaホームページより作成 

一目瞭然ですね。フランス人はワインを飲み、ドイツ人はビールを飲むのです。フランスでは近年ワインの消費量の減少が問題視されていて、実際に50%を切っています。でも、そうはいっても半分はワインです。日本での日本酒の5%とは次元が違いますね。
 
ではフランス・ドイツと日本の違いは何でしょうか?
先ほどの氷山モデルで考えると、それは人の心の中のレベルの話のはずです。フランス人・ドイツ人の心の中にあって、日本人の心の中にないもの。

そう、それは「自分の民族の歴史や伝統や文化を大切にする気持ち」ではないでしょうか。これこそが今回私が一番言いたかったことです。 

例えば下に書いたようなシーン、いたって普通にありますよね。もはや常識になっているものも多く特に違和感も感じません。

  • 結婚式をキリスト教の教会で挙げて、披露宴ではシャンパンで乾杯🍾
  • クリスマスは家族でケーキを食べて祝い、カップルはイタ飯ディナーでワインで乾杯🍷
  • サラリーマンはネクタイ・スーツが正装で、飲み会ではビールで乾杯🍺

でも一度、一歩引いて客観的に考えてみませんか。教会やクリスマスはよそ様の宗教のものですし、あの着苦しいネクタイ・スーツはイギリス発祥のものです。なぜよそ様の文化が日本で常識になっているのでしょうか。

ここで断っておきますが、私はこれがダメだと言っているわけではありません。私自身、結婚式は教会で挙げましたし、若いころはクリスマスディナーなんておしゃれぶったこともありましたし、最近まで何の疑いもなくネクタイ・スーツを着ていましたから(笑)。

良い悪いではなく、日本人が意識・無意識のうちに他の文化、特に西洋文化を受け入れていて、それは客観的に考えれば必ずしも当たり前のことではない、ということを冷静に理解するのが大事だと思うのです。

胸に手を当てて考えてみましょう。心のどこかに、西洋のものは「おしゃれ」で「かっこよく」て「スタイリッシュ」と無意識のうちに思ってしまうところがありませんか?
例えば、

  • 「ごはん」のことをなぜか「ライス」と言うことがありませんか?
  • 「お父さん・お母さん」でなく「パパ・ママ」と呼ばれる方がしっくりきてませんか?
  • 「トヨタ」より「BMW」の方がなんとなくかっこいいと感じてませんか?
  • 「日本酒」より「ワイン」の方がなんとなくおしゃれに感じることはないですか?

日本一のマーケターとも言われる森岡毅氏が率いるマーケティング会社の「刀」は「ブランドは人々の心の中にある」といいます。このような人々の心の中にある無意識がブランドの価値を決めて、結果として売れる商品が決まっていくのです。そう考えると、日本酒が長期にわたって低迷するという大きなトレンドを作っている原因は、結局は日本人の心の中にあるということが見えてきます。
 
もちろん、「いいもの」は取り入れればいいのです。それは島国日本が古来得意としてきたことです。ですが、最近はその「いいもの」という価値判断の根底に、「西洋への憧れ」や「西洋への劣等感」のようなものが混ざっていませんか?と問いたいのです。

そしてその裏がえしとして、日本の歴史や伝統や文化を大事にする気持ちを置き去りにしていませんか?フランス人やドイツ人が持ち続けているものを日本人はなくしてしまってはいませんか?と問いたいのです。 


ちょっと熱が入ってしまいました。。日本酒に話を戻しましょう。

米と日本酒は、日本の歴史・伝統・文化のど真ん中にあります。それは、神話の時代から始まっています。

日本の神話では、天照大神(アマテラスオオミカミ)がその孫にあたる邇邇芸命(ニニギノミコト)に稲穂を持たせて地上に遣わし、稲作を地上にもたらしました。これが有名な天孫降臨の話です。邇邇芸命は「五穀豊穣の守り主」として地上に遣わされ、その役割を受け継いできたのがその子孫にあたる天皇家、というのが日本神話のストーリーです。

そして、天照大神の弟の須佐之男命(スサノオノミコト)は、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に八塩折酒(ヤシオリノサケ)と言われる酒を飲ませて酔わせてから倒しました。その八岐大蛇の体の中から出てきたものが草薙剣(クサナギノツルギ)で、皇位継承の証である三種の神器のひとつになった、というストーリーです。

このような日本神話のストーリーは、戦前までに教育を受けた日本人なら間違いなく誰もが知っていました。ですが、今日の日本人で天孫降臨や八岐大蛇の話をどれぐらいの人が知っているかというと少し怪しくなってきます。あるいは聞いたことはあるとしても、それが今日まで二千年続く日本民族の歴史・伝統・文化の骨格となるストーリーだということまで分かっている人の方が少ないのではないでしょうか。

ひょっとしたら、ユダヤ教・キリスト教の神話である旧約聖書に出てくるエピソード、例えばアダムとイブ、エデンの園の禁断の果実、ノアの箱舟、モーセの海割り、ダビデの投石、とかの方がよく知ってるという人もいるかもしれません。だとすると悲しいことだと思いませんか。 

なぜ日本人が自分の民族の歴史・伝統・文化の骨格となるストーリーを忘れてしまったのか。それは言うまでもありません。先の大戦の反省から忘れることにした、あるいは、戦勝国が意図して奪った、ということです。 

つい先日、8月15日に終戦の日を迎え、あれから79年の月日が経ちました。
3世代分の時間が流れたのです。
もうよくないですか?
民族が共有すべきストーリーや歴史・伝統・文化を大切にする気持ちまで忘れ続ける必要なくないですか? 

もし仮に、戦後の日本人が民族のストーリーを共有し続け、自分たちの歴史・文化・伝統を大切にする気持ちを持ち続けていたとしたら、日本酒の消費がここまで落ちることはなかった。これが今回の私の結論です。

フランスのワインのようにシェア50%とまではいかなかったかもしれませんが、少なくとも今の日本酒のようにシェア5%にまで下がることはなかったと思います。せめて10%や20%でとどまっていてくれたら、それは今の2倍や4倍の消費量があるということですから、日本酒業界の地図は全く違ったものになっていたはずです。 

そしてその場合、ひょっとしたらこんな世界線になっていたのかもしれません。

毎年11月23日の新嘗祭(※)には、家族でその年初めての新米を食べてお祝いし、神棚に御神酒を供え、夫婦でとっておきの純米大吟醸酒で乾杯。
若者たちはこの聖なる日を恋人といっしょに迎えることに憧れ、めでたくカップルになった人たちは憧れの日本料理店で甘酸っぱいスパークリング日本酒でおしゃれに乾杯。

どうでしょうか?少しはワクワクしていただけましたか?
ひょっとしたら日本酒復活の第一歩は、国全体の祭日としての新嘗祭の復活から始めればいいのかもしれませんね!?

※    新嘗祭(にいなめさい)とは:戦後、GHQの指導の下に勤労感謝の日(という謎の祝日)に置き換えられてしまいましたが、戦前までは新嘗祭という祭日でした。国全体でその年の新穀の実りを神様に感謝して新米を神様にお供えし、神様にお供えするまでは新米を食べなかったといいます。
日本神話には天照大神が新嘗祭を行ったと記述されており、二千年にわたって続く日本の歴史と伝統の中心にある行事です。現在では天皇の宮中行事でも最も大事なものとされており、各地の神社でも儀式が行われています。その儀式では、その年の新米で醸した白酒(しろき)と黒酒(くろき)と言われる御神酒を神様に捧げ、それらを神様と共にいただくそうです。日本の米文化・酒文化にとっても最も大事な日といってよいでしょう。 


さて、ここまで読んでいただいた方はこう思ったかもしれません。「これは日本酒業界だけの話か?」と。そう、これは日本酒業界に限った話ではありません。次回第三回では「日本経済の低迷と日本酒消費の低迷は、根っこの要因は同じ!?」と題して、少し壮大なテーマについてお話させていただきます。 


2024年8月 
豊洲社中株式会社 Co-Founder CEO
国際唎酒師
牧内秀直